東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)129号 判決
事実及び理由
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決にこれを取り消すべき違法の点が存するか否かについて判断する。
1 成立について争いのない甲第二号証の一及び二(本件考案についての昭和四六年一二月一八日付け実公昭四六―三六八四六号実用新案登録出願公告公報及び公告後の補正に基づくその訂正の公報)によれば、本件考案の実用新案登録出願の願書に添付された明細書及び図面(以下「本件明細書」という。)には、実用新案登録請求の範囲として、前示当事者間に争いのないとおりの本件考案の要旨(事実摘示第二の二参照)が記載されており、また、本件考案の実施例を図示するものとして、別紙図面(一)のとおりのものが図面として添付され、考案の詳細な説明の項中には、「本考案は……掃除終了後においては容易に塵の処理ができ得る新規な掃除機の構造に関するもので、特に本体に設けた車輪の取付位置に留意して改良されたものである」(出願公告公報第一欄二四行目ないし二九行目)、「本案の掃除機は主体(A)に設けた車輪(12)の取付位置を上記のように考慮してあるので主体(A)に集塵ケース(B)を取付けた第一図に示す状態において上記主体(A)とケース(B)の接合部上部に設けた上記掛金(4)の係合を外すと、そのまま第二図に示すように主体(A)とケース(B)とがその開口下部にそれぞれ設けた係合金具(5)と係合用突起(15)を支点として八字型に開くことにより集塵ケース(B)の主体(A)への着脱が容易に行えるから、掃除機内部の点検或いは塵捨てに際しての上記フイルター装置(C)の取外しを容易にすることができる」(同第三欄四行目ないし一四行目)との記載がある。
右によれば、本件考案は、それぞれが車輪を有する後部主体と前部集塵ケースとを備え、その結合面を上部掛金を外して下部係合部を支点として開口する方式の電気掃除機であつて、これを床面において右開口操作をする際、主体の重心がその車輪の軸心より後方に位置している構成を採ることによつて、主体が該車輪を支点として自重により後方に傾き、主体の結合面が斜め上方を向く状態に維持される点に特徴を有するものであつて、このため、集塵ケースの主体への着脱が主体の重量を受けることなくできるとの意味において容易に行えるとの効果を奏するものであると認められる。
2 そこで、先ず、第一引用例(成立について争いのない甲第四号証)について検討する。
第一引用例には、別紙図面(二)のとおりの図面を添付して右図面によつて図示された電気掃除機が開示されているところ、第一引用例の電気掃除機が後部主体と前部集塵ケースとを備え、その結合面は上部掛金の操作と下部係合部の機能によつて開口される方式のものであることは明らかであり、原告もこの点は争つていない。
原告は、第一引用例の電気掃除機において主体と集塵ケースの結合面を開口するのはフイルタの洗浄を必要とするときに限られ、本件考案のように塵埃の廃棄に際して開口するものとは異なる旨主張するが、本件考案の要旨は、本件明細書に実用新案登録請求の範囲として記載されたとおり、事実摘示第二の二記載のとおりのものであつて、そこに主体と集塵ケースとの結合面を開口する際の目的を限定する構成、例えばフイルタ装置の形状及び設置場所等の要素はなんら含まれていないから、本件考案を塵埃の廃棄に際して開口するものとの前提で第一引用例と対比しなければならないものではない。しかして、第一引用例のものがフイルタの洗浄に際してのみ主体と集塵ケースとの結合面を開口するものであるとしても、右のとおり開口するものが示されている以上、主体と集塵ケースとの結合面を開口するものとして本件考案とその開口方法の異同を比較することになんら不都合な点はないというべきである。
原告は、第一引用例の電気掃除機における右結合面の開口方法は、下部係合部を支点として結合面を開口するものではなく、上部掛金を外して後、先ず下部係合を外し、次いで主体と集塵ケースとを結合面と直角方向に水平に引いて外すものである旨主張する。しかしながら、第一引用例にはその本文中に右開口方法を直接明示する記載を見出すことはできないけれども、その図面に示された全体の形状、原告の引用する二頁左欄一七行目ないし同二五行目の塵埃廃棄方法に関する記載によれば、第一引用例の電気掃除機は主として比較的軽量のハンデイタイプのものとみられることを前提に、その図面(別紙図面(二))によつて技術常識に照らして右開口方法を推認すると、第一引用例の電気掃除機は、通常の操作方法として、片手で集塵ケース(H)を把持しながら他方の手で主体(A)上部の取手様部材を保持したまま掛金(I)を上方に指で引き上げて集塵ケース(H)との係合を外し、次いで、主体(A)~集塵ケース(H)とを下部係合部を支点として両手で折るようにV字状に開口して後、右開口部より内部のフイルタ(2)の汚染状態を視認しながら、主体(A)と集塵ケース(H)とをその下部係合部を外して完全に離脱させるものであると認めるのが相当である。しかして、右のとおりV字状に開口する度合は、集塵ケースの内壁がフイルタ(2)ないしこれを支えるフレーム(4)に当接するのを限度とし、通常はその若干手前であると認められるが、第一引用例の図面によれば右限度は約二〇度であつて、これより若干閉じた通常の開口であつても、本件考案にいう「主体(A)とケース(B)との結合面をその係合部を支点として開く」ものに匹適するものと認めるのが相当である(ちなみに、本件明細書の図面の第二図に示されたものにおいては、主体と集塵ケースの開口角度は約二二度である。)。なお、原告は、右のような開口方法ではフイルタの脱落落下の危険があり、原告主張のような開口方法でなければならない旨主張するが、第一引用例のものにおいては、フイルタ(2)はその底部(1)において主体に嵌着された集塵ケースの端縁で保持されているものである(甲第四号証の一頁右欄二一行目ないし同二二行目)から、いかなる開口方法をとつたとしても集塵ケースが主体から離脱する以上は右落下の危険性を有するものであつて、かかる危険性が存するからといつて前認定を覆すに足りない。
してみれば、第一引用例の記載事項の認定及びこれと本件考案との対比において、審決の説示には格別誤りと目すべき点はないものというべきであり、また、審決の指摘する本件考案と第一引用例の考案との一致点及び相違点も正当であつて、そこに原告の主張するような主体と集塵ケースの下部係合部の差異を看過した違法があるということはできない。
3 次に、第二引用例(成立について争いのない甲第五号証)について検討する。
第二引用例には、その添付図面の第一図として別紙図面(三)のとおりのものを図示した電気掃除機が開示されており、その本文中には、「この型の(いわゆる工業用真空掃除機として)従来知られている真空掃除機は、頂部部分と底部部分とに分離可能であり、底部部分に配置された塵埃容器を空にしなければならない場合には、塵埃容器の内部を容易に処理できるように頂部部分を持ち上げて外さなければならない。この種の真空掃除機は大型でその頂部部分が相当重いため、頂部部分を持ち上げて外し、これを再度取り付けるのに厄介な操作が必要となる。この発明の第一の目的はこの不都合を除去することにある。」(甲第五号証の第一欄一五行目ないし同第二六行目)として、第一図のものについての「囲い(4)、(4a)の下部には、車輪(28)が、部材(2)、(3)、(4)、(4a)、(13)により構成されるユニツトの重心に位置するように配置されており、このため、該ユニツトは容器(1)が取り除かれる際に前方に傾こうとはしない。」(同第三欄一三行目ないし同一六行目)との説明をもつて、「このように集塵容器を空にする場合、頂部部分を持ち上げる必要はなく、集塵容器の連結手段を取り外し、次に所望の捨て場所へこの容器を移動させればよく、このとき、フイルタとモータフアン装置を含む真空掃除機の他の相当重い部分は元の位置に残つている。」(同第一欄四三行目ないし同五〇行目)旨の効果を達成する構成を説明する記載がある。
右によれば、第二引用例には、「後部から前方頂部にわたる位置を占めて電動送風機を収納し車輪を有する主体と、この主体の前方底部に掛金により着脱自在に取り付けられた前輪を有する集塵ケースとを備え、かつ、主体から集塵ケースを取り除いた状態において前記主体が前方に傾かないように、後部車輪の取付位置を主体の重心に位置させることにより、集塵ケースの着脱が主体の重量を受けることなくできるとの意味において容易に行えるとの効果を奏する電気掃除機」が記載されているということができる。
したがつて、審決が、第二引用例の電気掃除機をもつて、集塵ケースが主体の前方底部と明記することなく、その前部に備えられているものとしたのは表現において正確を欠くとしなければならないけれども、主体と集塵ケースのそれぞれに車輪を設ける点に関しては、集塵ケースの配置箇所が主体の前方底部であるか前部であるかは、格別の差異をもたらすものではない。また、主体と集塵ケースのそれぞれに車輪を設けた場合には、第二引用例のもののように集塵ケースが主体の前方底部に配置されていても、集塵ケースを着脱しようとする際に主体が前方に傾くならば、第二引用例の本文中に明記されているように主体前方頂部部分の重量が集塵ケースに加わるのみならず、主体後部部分の重量もトルクとして作用して集塵ケースに加わるのは技術常識に照らして明らかであるから、第二引用例のものも、本願考案のもののようにそれぞれに車輪を設けた後部主体と前部集塵ケースとの結合になるものにおいて存在するところの、主体が前方に傾くことによつて集塵ケースに重量を及ぼしその着脱の妨げとなるというのと同一の解決課題を有しているのであり、後部車輪の取付位置を主体の重心位置に選定することによつて本願考案のものにおけると同一の右課題をも解決しているものということができる。してみれば、審決が第二引用例の集塵ケースを主体の前部に備えられているとしたことをもつて、審決に第二引用例の記載内容を誤認した違法の点があるとすることはできない。
原告は、審決が、第二引用例の電気掃除機をもつて「後部車輪の取付位置を主体の重心に対して選定し」たものであり、第二引用例から「車輪を設けるに当たり主体の重心を考慮することが考案として把握することができ」とした点において認定判断を誤つた違法がある旨主張する。しかしながら、第二引用例が主体が前方に傾かないようにその重心位置に後部車輪を設けるようにした電気掃除機を開示していることは前認定のとおりであるから、これをもつて、後部車輪を設けるに際しその取付位置を主体の重心との相対的関係を考慮して選定したものということにあながち不合理な点はない。のみならず、主体が前方に傾かないようにその重心位置に車輪を設けるということは、車輪の軸心が主体の重心から外れるときは主体が傾くことをその反面において開示しているのであつて、集塵ケースを着脱する際に主体を積極的に後方に傾けることを開示しあるいは示唆するものが他に存すれば、それとの関連において第二引用例は、主体に設けるべき車輪の取付位置を主体の重心を考慮して選定することをもつて主体を傾けるのに資することができる旨を開示したものと評することができるし、審決が第二引用例から把握できる考案として指摘するものも右の趣旨において理解できるところであるから、原告の右主張は理由がない。
なお、原告は、第二引用例には後部車輪より後方に主体の重心位置を移動させるとの考案は開示されていないし示唆もない旨主張するが、審決は第二引用例にそのような考案が示されているとしているものではないから、右主張は無意味というほかはない。
してみれば、審決が第二引用例に関して認定、説示するところはいずれも正当であつて、そこに格別誤りと目すべき点は存しない。
4 次いで、第三引用例(成立について争いのない甲第六号証)について検討する。
第三引用例には、別紙図面(四)のとおりの図面を添付してそこに図示された電気掃除機の考案が開示されているところ、審決は、右電気掃除機の具体的態様を認定したうえ、第三引用例からは、「前後に車輪を具備しその機体を二分割し得るものにおいて、その結合状態では重心位置が後部車輪の軸心よりも前方にあるようにすること、及び、後部機体自身の重心位置が後部車輪の軸心よりも後方に位置させることによつて、掛金を外したとき分割される両機体の結合部をその係合部を支点として開くようにする考案」が把握されるとして、その限度で第三引用例を引用しているものであり、原告は、第三引用例のものの端部カバー(後部機体)は後部車輪の枢軸ピンに枢着されているのに、これを着脱自在の係合とした点で審決は誤つている旨主張する。
第三引用例の電気掃除機は、別紙図面(四)のとおり、前方及び後端部に車輪を設けたケーシング(11)(前部機体)の後部にコードリールを内蔵した端部カバー(14)(後部機体)を装着した電気掃除機であつて、ケーシングと端部カバーの結合部位内部に濾過パツド(41)が装着されている。第三引用例は、右濾過パツドの交換及びコードリールの修理等のために端部カバーの開閉を容易になし得るものとすることを目的の一とするものであつて、第三引用例の電気掃除機にあつては、端部カバー(14)は、その下部前端に設けられた耳状突起(52)によつて後部車輪(17)の枢軸ピンに枢動自在に支承されたうえ、ケーシング(11)の後端頂部に設けられた肘金ラツチ(54)(掛金)によつて上部を着脱自在に係止されて、ケーシングに取り付けられているものであつて、掛金を外して端部カバーを別紙図面(四)の第二図に示す破線位置まで後部車輪の枢軸ピンを支点にして傾けることによつて、ケーシングと端部カバーの結合面は後部車輪の枢軸ピンを支点として容易に開口されるものである。しかして、第三引用例のものにおいて端部カバーの重心が枢軸ピンより後方にあることは明らかであるから、端部カバーは、右開口操作に際して、本願考案における主体が傾くと同様に、その自重により前記破線位置まで傾くものであると認められる。
右によれば、第三引用例の電気掃除機をもつて、前後二個の機体からなり両機体の結合面をその下部を支点にV字状に開口するものとの視点から評価することに格別不合理な点はなく、右開口操作を容易にするための考案に係る文献として第三引用例をみるのが相当である。また、右開口の支点部を、単に回動の中心点としてのみ取り扱い取り外しが不能の枢着点として構成するか、必要な回動を終えた後は取り外しが自在なものとして係合部に構成するかは、必要に応じ当業者が適宜選択し得る単なる設計的事項と解されるところである。してみれば、第三引用例のものにおける端部カバー及びケーシングをそれぞれ第一引用例及び本願考案における主体及び集塵ケースに相当するものとして、その結合面を上部掛金を外したうえ下部係合部を支点に開口する際、その掃除機が前後に車輪を有して床に置かれるものである場合には、主体の重心位置を後部車輪の軸心より後方にすることによつて、主体がその自重により後方に傾くようにするとの考案を把握することが可能であるというべきである。
してみれば、第三引用例に関して審決が認定、説示するところに原告主張のような誤りはなく、その他格別誤りと目すべき点もない。
5 最後に、以上本願考案及び第一ないし第三引用例について検討してきたところに基づき、第一ないし第三引用例から本願考案に想到することが極めて容易であるか否かについて、審決の判断の当否を検討する。
本願考案と第一引用例の電気掃除機との間の一致点及び相違点に関する審決の判断が正当であることは、既述のとおりである。そして、第一引用例のものの主体及び集塵ケースのそれぞれに車輪を設けることは、第二引用例を適用して、きわめて容易にできることというべきである。更に、このように車輪を設けた場合には、主体が前方に傾くならばその重量が集塵ケースに加わつてその着脱の妨げとなるとの問題を有するから、後部車輪の取付位置を主体重心に位置させて、集塵ケースの着脱に際して主体が前方に傾かないようにするのが右問題の解決に有効であることが第二引用例に開示されており、このように第二引用例に開示された問題点とその解決手法を理解して第三引用例に開示されている主体と集塵ケースの結合面を下部係合部を支点として開口する際、主体を後方に自重により傾くようにするとの考案を把握すれば、第三引用例に開示されたように主体を後方に傾けることが前記問題の解決に一層有効であることはきわめて容易に理解できるところであり、そのために主体に取り付けられるべき後部車輪の軸心を主体の重心より後方に位置させる程度のことは第二、第三引用例に基づききわめて容易に想到できるものというべきである。しかして、右のように各引用例を組み合わせることによつて奏せられる効果としても、予期し得ないような格別の効果と目すべきものも認められないから、結局、本願考案は第一引用例に第二、第三引用例を適用してきわめて容易に想到できる程度のものであるというべきである。
原告は、型式を異にする掃除機のそれぞれから一部を取り出してきて結合すること自体、格別の考案力なしにできることではない旨主張する。しかしながら、第一ないし第三引用例はいずれも電気掃除機に係る文献であるのみならず、相互に関連した課題を取り扱つているものであることは既述したところから明らかであつて、これを結合することになんら格別の困難はないものと認められるから、原告の右主張は採用できない。
したがつて、以上説示したところと同旨に帰する審決の判断も正当である。
三 以上のとおりであるから、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとする。
〔編註そのI〕本件登録実用新案に関する事項は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「電気掃除機」とする考案についての登録第一一六八六六八号実用新案(昭和四二年三月四日に登録出願され、昭和五二年四月一三日設定登録されたもの。以下「本件実用新案」といい、その考案を「本件考案」という。)の実用新案権者であるところ、被告は、昭和五二年九月二二日、本件実用新案の登録を無効とすることについて審判を請求し、特許庁昭和五二年審判第一七〇八四号事件として審理された結果、昭和五七年四月一九日、本件実用新案の登録を無効とする旨の審決があり、その謄本は、同年五月一九日、原告に送達された。
二 本件考案の要旨
電動送風機を収納し車輪(12)を有する主体(A)と、この主体の前部にその下部にて着脱自在に係合され且つ前輪(14)を有する集塵ケース(B)と、この集塵ケースと前記主体(A)をその上部で互いに掛止する掛金(4)とを備え、前記主体(A)とケース(B)との結合状態での重心位置が前記車輪(12)の軸心より前方に位置し、且つ、前記主体(A)それ自身の重心位置が前記車輪(12)の軸心より後方に位置するように前記車輪(12)の取付位置を選定し、前記掛金(4)を外したとき前記主体(A)とケース(B)との結合面をその係合部を支点として開くようにした電気掃除機(別紙図面(一)参照)。
〔編註その二〕本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)本件考案
<省略>